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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)8388号 判決

原告

尾上昇

被告

森山正信

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二〇〇〇万円及びこれに対する平成四年八月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原動機付自転車で走行中の原告が、被告の運転する自動車に衝突され負傷したとして、被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条、民法七〇九条に基づき、損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、平成四年八月二五日午前七時五〇分ころ、大阪府摂津市鳥飼上四丁目一番五八号先の信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)において、大型貨物自動車(大阪一一に三九二八、以下「被告車両」という。)を運転して東から西へ向けて直進中、前方の原告運転の原動機付自転車(大・高槻市た一七七五、以下「原告車両」という。)に被告車両を衝突させた(以下「本件事故」という。)。

2  被告は、本件事故当時、被告車両を所有し、自己のために運行の用に供していた。

3  原告は、本件事故により、右下腿切断創の傷害を負い、平成四年八月二五日から同年一一月一四日まで摂津ひかり病院に入院し、同年一一月一九日から平成五年三月三一日まで古賀整形外科に通院(実日数八二日)して、治療を受けた。なお、原告は、右傷害により後遺障害を遺し、自動車保険料率算定会調査事務所により自賠法施行令二条別表障害別等級表所定の五級に該当するとの認定を受けた。

4  原告は、本件事故による損害のてん補として、一六五〇万七〇七五円の支払を受けた。

二  争点

1  本件事故の態様

(原告の主張)

本件事故は、本件交差点において、原告が、赤信号により停止していた被告車両の左前角部前方に停止し、信号が青に変わつたため発進しようとしたところ、発進する直前に後方から被告車両の左前角部に追突され、被告車両の下敷きにされたというものである。原告は、本件交差点を直進する予定であり、右折する意思はなかつた。

(被告の主張)

本件事故は、本件交差点において、赤信号により停止した被告車両の左横に停止した原告車両が、信号が青に変わつた際、右折するため被告車両の前方に飛び出したために発生したものである。

2  原告の損害

3  過失相殺

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件事故の態様)について

1  甲第八号証の一ないし一〇、検甲第二一ないし第二四号証、第二七、第二八号証、乙第一、第二号証、検乙第一ないし第一二号証及び証人中原輝史の証言、原被告本人尋問の各結果、鑑定の結果並に弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 被告は、本件事故当時、本件交差点の東側の停止線を少し越えた位置で対面する信号機の赤色表示に従つて停止していたが、信号機の表示が青色に変わつたため、前方及び左方を目視し、左側のサイドミラーで安全を確認した後発進したところ、約三・九メートル進行した地点で何かが擦れて当たつたようなコトンというかすかな音を聞き、変だと思つたものの、前方に何も見えなかつたためそのまま更に約三・一メートル進行すると、今度はガリガリあるいはガチャガチャというような何かを引きずるような音を聞いたため、ブレーキをかけて被告車両を停止させた。そして、被告が被告車両の運転席の右側のドアを開いて下を見ると、右前輪の前方にバイクのハンドルより前の部分が見え、被告車両から飛び降りて被告車両の下を見たところ、前輪タイヤの後ろ中央部分で原告が仰向けに倒れているのを発見した。被告は原告を見るのはこのときがはじめてであり、被告には原告がそれまでどこにいたのかわからなかつた。

(二) 被告車両が停止した際、原告車両は、車両下部側を被告車両進行方向側に向けて倒れ、車両上部が被告車両の右前輪に接触している状態であり、また、原告は、足を被告車両前方、頭を被害車両後方に向けて横たわった状態であつた。

(三) 本件事故現場の路面には、本件交差点の東側横断歩道内から長さ約五・三メートルの擦過痕及び皮膚痕が残されており、これらは、被告車両右前輪タイヤによつて原告車両を引きずり、原告を轢過しながら引きずつたために印象されたものと考えられ、この擦過痕及び皮膚痕の前端部付近には脱落した原告車両のシートが上面を路面側に接して落ちていた。

(四) 被告車両のフロントバンパー前面の地上高は、下縁が約〇・五七メートル、上縁が約〇・九〇メートルであり、被告車両フロントバンパー右端下部には、原告車両に衝突した際に生じたと考えられる凹損が、また、フロントバンパー右前部には、地上高約六一・五センチメートルないしはそれをやや下回る位置に、原告車両のハンドルグリツプ端角部との接触によつて生じたと考えられる擦過痕が、更に、フロントバンパー右前部、右側下部、右ウインカー下方の下縁付近に、原告の着衣との接触によつて生じたと考えられる布様のものによる払拭痕がある。なお、被告車両前部に金属等の硬体との接触ないし衝突痕は認められない。

(五) 原告車両のシート高は約〇・七メートルであり、本件事故により、右側面擦過、右ハンドル擦過、シート脱落等の損傷が生じ、特に、原告車両の左側には、被告車両によつて押され路面を引きずられた際に生じたものと考えられる損傷がある。なお、原告車両の後部荷台には歪形がみられるが、後部荷台から車体部への破損の波及等が認められないため、後方からの衝突による大きな前方移動歪曲であるとは考えにくい。また、車体部には金属等の硬体との接触ないし衝突痕は認められない。

2  1に認定した事実によれば、本件事故は、原告車両が、被告車両右前部付近で右側に横転した状態で、被告車両の前進に伴つて被告車両右前輪によつて路面上を引きずられ、この際原告も被告車両右前輪によつて轢過されながらに引きずられたものと認めるのが相当である。

これに対し、原告は、被告車両のフロントバンパー左側が原告車両に当たつたと思う、被告車両の左側にいたので、被告車両の左前輪に轢かれたのだと思うと供述するが、一方で、原告は、被告車両に当てられたのか、巻き込まれたのかわからないとも供述しているうえ、前記認定によれば、原告が被告車両の左前輪に轢過されたものでないことは明らかであるうえ、被告車両に生じた擦過痕、払拭痕はいずれもフロントバンパー右側のものであるから、被告車両のフロントバンパー左側が原告車両に当たつたということもできない。

そこで、次に、被告車両のフロントバンパー右側が原告車両に衝突した可能性について検討するに、被告車両が右向きに進行中の原告車両に衝突したとした場合、原告車両のシート高は約〇・七メートル、被告車両のフロントバンパー前面は地上高〇・五七ないし〇・九〇メートルであるため、原告車両と被告車両との重量差から考えても、原告車両は左方へ押され左側に横転するはずであるが、前記認定のとおり原告車両は右側に横転しており、このことからすると、原告車両の転倒が被告車両との衝突によるものと推測することはできず、原告車両は、被告車両のフロントバンパーと接触する以前に、既に何らかの理由により右側に転倒しもしくは転倒しかけていたものと考えるのが合理的である。

3  ところで、乙第一号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故後、被告が自動車保険契約を締結している保険会社(以下、単に「保険会社」という。)の調査担当者に事故状況を尋ねられた際、本件事故前には原告車両は被告車両の左横に停止しており、原告は発進後本件交差点を右折するつもりであつたと回答したことが認められる。この事実を前提として、前記認定事実に照らして検討すれば、本件事故は、被告車両の左前に停止していた原告車両が、被告車両より早く右折しようとして発進した後、原告は、ハンドル操作の誤りあるいは速度の出しすぎ等のため、原告車両を右側に転倒させ、これとともに原告自身も被告車両の進行方向前方に足を向けて仰向けの状態で路面に倒れたところへ、これに気付かずに被告が被告車両を進行させたために発生したものであると考えるのが合理的であるというべきである。

これに対し、原告は、保険会社の調査担当者に対して話をした当時は、モルヒネ治療で意識が朦朧としており、本件交差点のひとつ先の交差点と思い違いをして、本件交差点で右折するつもりであつたと回答したと供述するが、右供述自体不自然な弁解と解されるうえ、原告の前記回答内容は既に認定した客観的状況に合致し、これらと相俟つて本件事故の発生原因を合理的に説明することができるものといえるから、原告の右供述は信用できない。

4  以上によれば、本件事故は、被告車両の左側に停止していた原告が、信号機が青色表示に変わつた際、被告車両の前に出て逸早く右折を完了しようとしたものの、誤つて原告車両を右側に転倒させ、自らも路上に転倒し、これらに気付かずに発進した被告車両の右側に巻き込まれ、被告車両右前輪に轢過されながら引きずられたというものであると認められる。

二  争点2(原告の損害)について

1  治療費 二〇六万四〇八二円(請求二〇八万三八八〇円)

甲第九、第一七号証の二、第二二号証によれば、原告は、平成四年八月二五日から同年一一月一四日までの間の摂津ひかり病院における入院治療費として二〇五万〇七〇〇円を支出したこと、平成四年一一月一五日から平成五年三月三一日までの間(実日数八二日)の古賀整形外科における通院治療費として一万三三八二円を支出したことが認められる。

なお、原告は、平成五年四月一日から一二月一日までの間に古賀整形外科で受けた治療費一万七九五〇円についても請求するが、甲第四号証によれば、原告は平成五年三月三一日に症状固定の診断を受けたことが認められるから、右は症状固定後に受けた治療に係る費用であり、本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。

2  付添看護費 二一万六〇〇〇円(請求二八万五二一六円)

甲第一三号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の前趣旨によれば、原告の妻である尾上ツヤ子は、原告が摂津ひかり病院に入院していた期間中の平成四年八月二五日から一〇月一一日までの四八日間、原告に付き添つたことが認められ、これを金銭に換算すれば一日当たり四五〇〇円とするのが相当であるから、その合計は二一万六〇〇〇円となる。

3  入院雑費 一〇万六六〇〇円(請求どおり)

原告が本件事故により平成四年八月二五日から同年一一月一四日までの八二日間摂津ひかり病院に入院したことは当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨によれば、原告は右期間中一日当たり一三〇〇円を下らない雑費を支出したものと認められるから、その合計は一〇万六六〇〇円となる。

4  装具代 二〇万九五一四円(請求三五万八〇〇五円)

甲第一五、第一六号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、装具代として二〇万九五一四円を負担したことが認められ、本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

5  文書費用 一万二四四五円(請求どおり)

甲第一九号証の一ないし三、第二二号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により、文書費用として一万二四四五円を下らない金銭を支出したことが認められる。

6  車両改造費等 一二万〇一五〇円(請求二〇万二〇九七円)

甲第二〇号証の一、第二一号証及び原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、自動車をペダル操作が左足のみで行えるように改造したことが認められ、その費用が八万七五五〇円であつたことは当事者間に争いがない。そして、原告本人尋問の結果によれば、現在自動車には乗っていないことが認められるものの、実際に改造車両で自動車の運転を練習したことも認められ、原告が今後自動車を運転するとすれば右改造は必要不可欠のものであり、改造内容及び費用とも相当な範囲内のものと認めることができるから、右改造費用は本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

甲第二〇号証の四、第二一号証の四、第二一号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、原動機付自転車を簡単に駐車できるようにするためにサイドスタンドを購入したことが認められ、その費用が二六〇〇円であつたことは当事者間に争いがないところ、右は本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

原告は、本件事故によりヘルメツト及び原動機付自転車の使用が不能になつたとして、その買換え費用を請求するが、甲第八号証の一、第二一号証、検甲第一ないし第六号証、第二九ないし第三二号証及び弁論の全趣旨によれば、本件事故により右各物件が使用不能となつたことが認められるものの、右による損害額の算定にあたつては、右各物件の本件事故当時の残存価格または再調達価格をもつてすべきであるところ、ヘルメットについてはこれらを確定するに足りる証拠はなく、また、原動機付自転車については、乙第四号証、第五号証の一ないし三及び弁論の全趣旨によれば、三万円とするのが相当である。

7  休業損害 二〇〇万七五七三円(請求二六一万七五七三円)

甲第一二号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故当時、冠婚葬祭業を営むライオンズセレモニーに勤務し、一日当たり九一六七円の収入があつたことが認められる。そして、原告は、本件事故により、平成四年八月二五日から平成五年三月三一日までの二一九日間就労ができなかつたものと認められるので、この期間の原告の休業損害は二〇〇万七五七三円となる。

なお、原告は、本件事故により平成四年度冬期賞与分三〇万円の支払を受けることができなかつたと主張するが、原告が右立証のために提出する甲第一一号証によつては不十分といわざるをえず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。

また、原告は、原告の妻が勤務先から平成四年度冬期賞与の支払を受けられるはずであつたのに、原告の付添をするために休業し、三一万円の支払を受けることができなかつたと主張するが、原告の妻のした付添看護費用相当額は既に損害額として算定したとおりであり、これ以上に原告の妻が休業による収入減があつたとしても、右は本件事故と相当因果関係のある損害とは認められず、原告の右主張は採用できない。

8  逸失利益 一五五二万六七七〇円(請求どおり)

原告は、本件事故により自賠法施行令二条別表障害別等級表所定の五級に該当する後遺障害を遺したため、労働能力の七九パーセントを喪失したものと認められる。そして、甲第一号証、第三号証によれば、原告は本件事故当時六三歳であつたことが認められるところ、本件事故に遭わなければ、原告は少なくとも七〇歳までは就労することが可能であつたと認められるから、右期間に相当する年五分の中間利息を新ホフマン式により控除すると、原告が本件事故により労働能力の一部を喪失したことによる逸失利益は一五五二万六七七〇円となる。

計算式 9,167×365×0.79×5.874=15,526,770(円未満切捨て)

9  慰藉料 一三五〇万円(請求一三六七万七七〇〇円(入通院一一七万七七〇〇円、後遺障害一二五〇万円))

本件に顕れた一切の事情に照らすと、原告が本件事故により受けた精神的苦痛を慰藉するためには、一三五〇万円の慰藉料をもつてするのが相当である。

三  争点3(過失相殺)について

前記認定の本件事故の態様に照らすと、本件事故は被告の前方不注視の過失によつて発生したものであるが、被告車両の前に割り込むように入り込んだ原告にも本件事故の発生について六割の過失があるものと認められるから、原告の受けた損害からその六割を控除するのが相当である。

四  結論

原告が本件事故によつて受けた損害は合計三三七六万三一三四円となるところ、これより過失相殺として六割を控除し、更に、原告が損害のてん補として支払を受けた一六五〇万七〇七五円を控除すると、原告の損害はすべててん補されたこととなり、もはや原告は被告に対し損害賠償を求めることができないというべきである。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 濱口浩)

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